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【鳥取市国府町】7世紀の国際交流の痕跡?謎を秘めた石造物と森林散策スポット・岡益の石堂
鳥取市国府町岡益の長通寺近くにある石造遺構「岡益の石堂」を訪れました。「石堂」と書いて「いしんどう」と読むようです。
いつ、誰が、なんの目的で建造したのか全くわからないことや、石像本体に刻まれた紋様が法隆寺や中国の遺跡と同じものであることなど、歴史的に謎を秘めたミステリアスなスポットです。
同時に、周辺の林道がが整備されおり、散策道としても魅力があります。
石堂本体の様子と周辺の林道散策についてレポートします。
宮内庁管理地となっている岡益の石堂

岡益の石堂周辺の様子です。近くにある長通寺の駐車場に車を停め、石段を登っていくと到着します。
ここに残る石造物は、12世紀に在位していた安徳天皇の陵墓参考地として、現在宮内庁が管理しています。そのため、周辺の樹木を切ったり生物を捕まえたりすることは禁止されているそうです。
どことなく、荘厳な雰囲気を感じます。
岡益の石堂・石柱と石壁の様子

塀や松の木で囲まれているため近くで見ることはできませんが、両端がすぼまって中程が張り出した「エンタシス構造」をしていて、裾部分に蓮の模様が刻まれた石柱が安置されています。
果たしてこれは「石柱」なのか、あるいは「石灯籠」だったのか、諸説あるようですが、仮説の域を出ていません。
石柱の上に乗せられた四角い石を「中台」といいます。ここには、「忍冬唐草文様」(にんとうからくさもんよう)という特徴的な浮き彫りが施されているそうです。
同様な紋様は、奈良の法隆寺に収蔵されている「玉虫の厨子」や中国の「雲崗石窟寺院」にも施されています。
ルーツをたどると中東を発祥とする模様と考えられており、奈良時代の国際交流の盛んだった様子が偲ばれます。
法隆寺の事例から、岡益の石堂の建造時期が7世紀と推測されています。


修復された痕跡が見られますが、もともとは周囲を一枚岩の石板数枚で囲まれていたとされています。
貴重な歴史的資料保存するために、劣化を防ぐための薬剤注入などさまざまな処理が行われ、2026年現在も大切に守られています。
ちなみに、詳細なレプリカが近くにある因幡万葉歴史館に展示されているそうです。
興味のある方は、ぜひ鑑賞してみてください。
岡益の石堂・林道散策

石堂の登り口にある案内番です。周辺の林道が整備されており、簡単なトレッキングを楽しむことができます。


林道の所々に、分岐を示す矢印看板が設置してありました。
とはいえ、林の中の道は風景が似ていることと、所々灌木で道が塞がれていたり、道幅が狭くなっていたりして、方向が分かりづらくなっているところもありました。
入口のマップを参考にしながら、自分のいる位置を確認しつつ散策することをおすすめします。
不安になったら、もと来た道を引き返すこと。小さな森だと油断せず、注意しながら自然散策を楽しんでください。
岡益の石堂まとめ
この記事では、国府町にある隠れた史跡および森林散策スポットである「岡益の石堂」についてレポートしました。
作られた意図、時期、人のすべてが不明でありながら、奈良や中国とも共通する痕跡がある、謎に包まれた遺跡です。
林道はやや険しいですが、丁寧に管理されている様子が伺われ、石堂周辺が大切に保存されているのが感じられます。
自然の樹木に植物の名前や、それにちなんだ万葉集などの歌を書いた札がついているところもありました。歴史、文学、植物の勉強になります。
地域の歴史や構造物のデザインに興味がある方、自然散策が趣味の方などにおすすめなスポットだと感じました。
スポット情報
| スポット名 | 岡益の石堂 |
| 住所 | 鳥取県鳥取市国府町岡益 |
| 営業時間 | – |
| 定休日 | – |
| 駐車場 | あり |
| 関連リンク | 鳥取市公式サイト |
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